×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。







 人狼騒動がおさまり、村に平和が訪れた頃。
 いつの間にか、人狼に喰われた者も処刑された者も甦ってごく普通に村で闊歩していた。
 何故、とか突っ込んではいけない。何故ならそれが人狼世界の理だからだ。気にしたら負けである。かく言う俺ことパン屋は激しく突っ込みたくて堪らなかった。
 誰、とは言わないが誰かさんに「俺の純情を返せー!」とか叫びたかった。叫ばなかったのは単にタイミングを逃した、というだけの話である。


 ということで(どういうことだ、という突っ込み歓迎)平和になった村の中。みんな揃って以前とほぼ変わらぬ生活していた。
 そう、ほとんどは変わっていないのだと思う。けれど何もかもが、変わらないままだと言うことは、有り得ないだろう。
「オットー」
 呼ばれて、声の方へと首を巡らせた。夕暮れ時の沈む残陽が、目を射るように差してきた。俺は反射的に手をかざした。それでも眩しくて、細長く伸びる影法師しか視認が出来ない。
 けれども相手が誰だかはすぐに判断がついた。無言で手招きして、店の中に入るように示す。
「ほら、小麦届けに来たぜ」
 予想通りの人物が、応じて店の中へと入ってきた。いつもの農作業姿に、鍬を持っていないヤコブは両手で小麦の詰まった袋を抱えていた。
「おー、ありがと。いつも悪ぃな」
 受け取ろうと差し出した両手が、すかっと空振った。
 不可解になり、ヤコブを真正面から見つめ直す。
「そういえば」
 そういえば、と口にしているのになぜ小麦をがっしり抱え込んで離さないのか。
「オットーってなんにも言わないよな」
「何をだよ?」
 ひしひしと嫌な予感が押し寄せていた。
 事件前後で変わったもの。俺にとって一番変化したのは、間違いなくヤコブとの関係性だろう。
「浮気するなとか、そんなの」
 どういう関係だと問われれば、こういう事を聞かれる関係だよ、としか言い様がない。そこは否定しない。だが、この手合いの質問は俺は大概のらりくらりと交わすのだが。
 答えなければ小麦は渡さない、とヤコブの目が語っていた。
「……あー」
 小麦を人質、もとい物質に取られると俺の不利は否めない。元々商売あがったりのパン屋の経営が、廃業に追い込まれかねない。
「責任取るって言ったぞ? ……あと、好きだともちゃんと言っただろうが」
 何故だか、ヤコブが露骨に顔を顰める。不満らしい、ということはその表情を見てよく理解出来た。
 ヤコブより圧倒的にシモンのほうが多いとも思うが。始めから最後まで、徹底してペーターへの愛を村の中心から叫んでる。愛の狩人の名は伊達じゃない。
(とか言ったら今は関係ないだろ! と、さらなる怒りを煽りそうだな……)
 俺はそっと視線を外しながら、余計な思考を振り払った。
 要するに言葉が足りない、とヤコブは言いたいわけだ。
 本人がいない時なら割と平気だが、本人目の前にするとこっ恥ずかしいというか、照れが入るのだ。そういうところがツンデレなんだよ、嫌な突っ込みが各方面から入りそうだが、本当なのだから仕方がない。
「つーてもな。パン屋として一人前以下なのに、偉そうなこと言えんだろ」
「何その意味不明な自分ルール。……というか、パン屋として半人前以下の自覚あったのか」
 さり気なく半人前以下に落とされたことは、無視をして置いた。
「自分のパンが売り物になるかどうかぐらいの判断ぐらいは付くだろ。だからこそ、ときどき無料で配ってんだしな」
「配られてもみんな困るだけな気が。あ、でもみんな色々食糧以外の使い勝手を捜してるからいいのか」
「お前を筆頭にな! いつも肥料にしてくれて有り難うよ、思い出したら殴りたくなってきた」
 小麦を抱えたままのヤコブが、いっそ不思議そうに眉をあげた。
「他に利用方法ないだろ、あのパンらしき物は」
 ブーメランとか墨汁には出来るぞ、と喉元まで出掛かって、自分の首を絞めるような発言だと気づいて止めた。おまけに主旨がずれている。
 そう思い、俺は話し込んでいた内容を振り返った。うーん、と呻くような声が喉から発せられる。
「……だから俺はまともにパンを焼けるようになるまで、色恋沙汰はうつつをぬかさんと決めていたっていうのに」
 独白じみた台詞をぼやいた。
「ああ、だから俺はオットーのパン嫌いなんだよな」
 はあ、とヤコブが重々しい溜め息をついた。溜め息をつきたいのは、手製のパンを嫌いだと断言されたこっちだ。
『オットーがまともなパンを焼かないから人狼は人を襲うのでは?』というヨアヒムの戯言が現実に近くなっている気さえするぜ……」
「それを言うなよ。……俺もちょっと思ってたんだから」
 どんよりと暗雲が垂れかかったような気分になった。
 ヤコブは諦めたのか、脱力したのか、抱えていた小麦を店の隅に下ろした。壁に背をもたせ掛け、腕を組んだ。
「俺は浮気されたら許さないし、いっそ喰うけど」
 さらっと発せられた台詞から本気が滲んでて、ちょっと怖いなと思った。
 忘れてはならないが、ヤコブは人狼である。村人と人狼が一対一なら村人の負けは必至だ。勝負にさえならない。
「……勝手に誤解して喰ってくれるなよ?」
「誤解されるような行動取る方が悪い」
 間髪入れずに言われてしまった。フフフフフと怪しい含み笑いをしてるのがいっそう洒落にならない。
 表情は平素通りに見えるがやはり機嫌が悪いのか。それとも、神腐にうっかり可愛いとか言ったの根に持ってるんだろうか。恋愛感情がこれっぽっちもないからこそ、あっさり口から出たのだが。身の振り方は弁えよう、心の中で固くに誓った。
「……あ」
 ふと店の外へと視線を移すと、とうに日は暮れていた。
 それほど話し込んでいた覚えもないのに、外は果てのない濃密な藍が広がっていた。闇、と呼ぶほどの濃さがないのは、陽が落ちて間もないからだろうか。
 そろそろヤコブが暇を告げる頃合いか。そんな詮無いことが頭をかすめた。
「んー、ヤコブ」
 何、と無言で問うてくるヤコブを見つめ返す。
 浮気なんてする筈ないだろ、とか。浮気するなとは言わないけど、されたら黙っとくとも言ってないし、とか。
(……簡単に言ってしまうより、誤解されんように振る舞う方が俺の性には合ってんだよな)
 だって言葉なんて当てにならないじゃないか。俺がどれだけ心を砕いたとしても、言葉を尽したとしても、ヤコブ当人にどれほど伝わると言うのか。どうやったら欠けることなく伝えられるのか。
 そんなことを想っては、口はいやに重たくなるばかりだった。
「……今日、泊まってくか?」
 意外だったのか、ヤコブはほんの少し目を丸くした。一拍遅れて、うんと小声で告げ小さく首肯する。言った後に断られる覚悟もしていため、ほっと安堵した。
 もしかして俺って不器用なのかもしれないな、ってちらりと思った。

 ほんの少しでも伝わってくれればいい。人間だとか人狼だとかの垣根を越えて、幸せにしたいな、っていう気持ちが、少しでも。



どれぐらいの関係なのか、とか左右とかは各自のご想像にお任せします。